リスロマンティックと語り口の問題

「ぬいぐるみペニスショック」という言葉をタイムラインで見かけ、ぬいペニショックが説明する「恋愛感情を向けられると想定していない相手に恋愛感情を向けられることがもたらす嫌悪感やショック」って、蛙化現象よりもうまくリスロマンティックを説明できそうじゃないかな? とふと思いました。

でも、そもそもリスロマンティックに関するまとまった議論があまりにも少なかったので、ひとまず「リスロマンティック」に関わる概念や論説をまとめるほうが先かなあ。

というわけで以下は簡単な覚え書き。

 

 


個人的ぼやき

「自分に振り向かないひとを好きになるのは自己評価が低いため」みたいな言説を見かけるたびに微妙なきもちになるのは、「“健全な恋愛をすることこそが”健全な精神のありよう」という話っぽく聞こえるときがあるからかな、と思う。

 

恋愛的指向(Romantic orientation)

そもそも「健全な恋愛」って何? 人間ってみんな「恋愛感情」を持っていて、他人にも「恋愛感情」を向けられたいと望んでいるものなの?
という話はさておき、近年広まりつつある「恋愛的指向」(romantic orientation)という概念があります。恋愛的にどんな対象に惹かれるか、もしくは恋愛感情をどのように抱くか/抱かないか、といった類のことを示す概念です。
重要なのは、「恋愛的指向」は「性的指向」という概念だけでは表しきれない現象を説明しうる概念だということです。
異性愛/同性愛といった言葉が端的に示しているように、日本語において性欲と恋愛は「性愛」という単語でセットにされていました。しかし「恋愛的指向」はそこを分けたのです。「恋愛的指向」という概念の発明は、「性的に惹かれる対象と恋愛的に惹かれる対象は必ずしも一致しない」ことを含意しており、より細分化してものごとを表す可能性を開くものだなと思います。


リスロマンティック(Lithromantic)

さてリスロマンティックは、この恋愛的指向のひとつです。日本語ウィキペディアの「恋愛的指向」に関するページでは、リスロマンティックは次のように紹介されています。

恋愛感情は抱くが、相手から恋愛感情を向けられることを望まない(もしくは必要としない)こと。相手と相互的な関係になると恋愛感情が失われる人もいれば、相互的な関係になっても恋愛感情は失われない人もいる。アコイロマンティック(akoiromantic)やアプロマンティック(apromantic)とも。

要するにリスロマンティックの最もミニマルな定義は、「恋愛感情は抱くけれど、両想いになることは望まない」ことと言っていいでしょう。
これまでの「普通」の考え方でいけば、誰かを好きになったら当然その相手に振り向いて欲しいと望むものであり、「付き合いたい」といった希望を抱くものであり、そうではない形はあまり考えてこられませんでした。リスロマンティックは、そのような「普通」の考え方からこぼれ落ちてきたありようを可視化する概念です。


アロマンティック・スペクトラム(Aromantic spectrum)

ちなみに、WikiAの説明では、リスロマンティックはアロマンティック・スペクトラム(Aromantic spectrum)に位置する恋愛的指向のひとつ、と書かれています。
アロマンティック・スペクトラムは、恋愛に関する従来の考え方から外れた恋愛的指向を包括する概念です。Aロマ、グレイロマンティック、デミロマ、リスロマ、等々。


あなたもリスロマンティックかも? 12のサイン

The Lithromantic: What It Really Means & 12 Signs You May Be One では、リスロマンティックの特徴を12個に分けて説明しています。どれかが当てはまったらあなたもリスロマンティックかもねということです。

 

・恋愛関係になる必要を感じない。
・恋愛感情を重要なものだと感じることができない。
・恋愛というものを嫌悪している。互いに愛を表現しあいたいと人々が望む訳がさっぱりわからない。
・恋愛というものを恐れている。恋愛で相手に心を開くことが怖い。
プラトニックな関係を求めている。
・恋愛感情を一時的に持つにも関わらず、ある段階に達すると消えてしまう。
・身体的接触(性的ではないものも含む)が嫌。恋愛的な触れ合いをしたくない。
・二次元など非実在のキャラクターが好き。非実在キャラから恋愛感情が返ってくることは当然ないので、非実在キャラへ熱狂している場合は、気持ちを返されること自体を不快に感じることがある。
・恋愛であれなんであれ、どんな種類の関係性も望んでない。どのような種類のものであれ他人と関係を育む、と考えると、不快な気分になる。
・付き合おうとかどう思ってるの、とか言われたら途端に好きじゃなくなっちゃう。リスロマンティックな人は、恋愛感情が存在していることを認めたくないのかもしれない。
・自分の恋愛感情を誰にも教えず、完全に秘密にしておきたい(告白するのが怖いからじゃなくて、相手に気持ちを返されたくないから)。
・恋愛じゃなくて、性的に惹かれることの方が先にくる。恋愛のパートナーよりセックスのパートナーを求めている(あとから恋愛感情が発生することもある)。

 

リスロマンティックにアイデンティファイしている人は、上の12個の特徴のどれか(もしくは複数)を持っている場合が多いので、自分もそうなのかなあ、と思ってる人は参考にしてみてください。


日本語圏における「リスロマンティック」

日本語版ウィキペディアに「リスロマンティック」の項目が登場したのは2017年2月3日のようです*1
ざっくり検索してみたところ、ウィキペディアに項目が登場するより前に日本語で紹介された記事としては、2014年6月30日の牧村朝子さんによる記事でちらっと言及されている のと、2015年9月28日にまつもむしさんのブログでもちらっと言及されている のと、あと2015年11月3日のハフィントンポストの記事がありました。
これらの記事におけるリスロマンティックの言及は、いずれも上記のミニマルな定義以上のものではなく、単純に定義をありのままに紹介しているものです。

簡単に検索してみただけなので断定はできませんが、おおむね2014年頃から日本語圏に紹介されはじめ、ハフポスの記事で若干広まったのかなという印象です。そしてより大々的に広がったのが2018年7月20日のPaletteによるツイートかな、と。


このツイートは2018年11月22日現在、16,874リツイートされ、29.164いいねされてます。
かわいい絵の漫画だったのがよかったのか、もしくは「皆さんも 気になる人やファンになった人に こういった気持ちを感じたことはありませんか?」という文言がTwitter民の心にヒットしたのか、まあとにかくこのツイートで「リスロマンティック」という言葉の認知度が結構上がったんじゃないかな。


リスロマンティックと蛙化現象

ミニマルな定義以上の話になると、リスロマンティックは先のPaletteの漫画のように①オタク的感情(アイドルや二次元キャラクター、あるいは「推し」に対するあれこれ)に結びつけられるか、もしくは②蛙化現象(自尊心の低さが原因で他人の好意を受け取ることができない現象)と結びつけられて語られるようです。
たとえば2018年6月12日の「デミロマンティックにスコリオセクシュアル――無限にうまれる新時代のセクシュアリティ」という記事 において、リスロマンティックの項目は次のような言葉で占められています。

断定はできませんが、調べたところ後天的な要素が強いような気がします。自尊心が低く、自分が好意をもたれることに嫌悪感を抱いてしまう、わざと嫌われるような態度を取ってしまう、などが特徴です。(個人の見解です)

また、リスロマンティックでグーグル検索すると、2018年11月22日現在、トップに前述のPaletteの編集長さんによる「リスロマンティックと蛙化現象の話」という記事が出てきます。この記事は短いので、特に論が展開されているわけではないんですけど、リスロマンティックという言葉とともに「蛙化現象」が紹介されています。リスロマンティックの中のある側面を説明する言葉として、「蛙化現象」が出てくるんですね。

また、実際に相手と交際することに関して抵抗がある人と無い人がおり、相手からの好意に不快感・嫌悪感を覚える「蛙化現象」という言葉も誕生しているらしい。

 そして「リスロマンティックと蛙化現象の話」に引用されているツイートがこちら。

 2018年11月22日現在、34,175リツイート、88,098いいねされているので、リスロマンティックのツイートの倍以上に結構広まってる。ちなみにこれは2018年7月19日のツイートで、Palette の「リスロマンティック」ツイートの1日前のものです。で、Palleteの編集長さんによる「リスロマンティックと蛙化現象の話」という記事が7月23日。このふたつをセットに理解する土壌はここで出来たのかなという感じ。

リスロマンティックに関するまとまった言説自体があまりにも少ない(当事者によるブログ記事などを除くと特に)ので正直こんなこと言っても意味ないんですけど、ひとまずリスロマンティックは①オタク的なもの、ないしは②蛙化現象的なものとセットになり、より広範囲に共感を寄せられる概念のようです。


リスロマンティックと過去のトラウマ

また、蛙化現象以外にも、リスロマンティックは「過去のトラウマ」といったネガティブな原因と結び付けられて語られる場合があります。
たとえば「アコイロマンティック:両思いになりたくない」(Akoiromantic: When You Love But Don’t Want to Be Loved in Return) という記事では、人がアコイロマンティック=リスロマンティックになる理由を6つに分けて説明しています。(※リスロマンティックはアコイロマンティック(Akoiromantic)とも呼ばれていて、内容的には同じです。)

その6つの理由とは、
・過去にひどく傷ついた経験があり、もう恋愛なんてしたくなくなってしまったから。
・虐待されて育ったため、人と関係を築くことが恐ろしいから。
・高嶺の花が好きだから。
・自分のセクシャリティをよくわかってないから*2
・自尊心が低いため、相手に気持ちを返されても自分がそれに値しないと感じてしまうから。
・親が不仲だったりして、恋愛関係に対する良いモデルがいなくて、恋愛を良いものだと思えないから。
という感じです。

この記事では「他人に気持ちを返されたくない、ということに気づくのが早ければ早いほど、それを乗り越えやすくなるよ」と書かれており、アコイロマンティック=リスロマンティックは完全にネガティブなもの、乗り越えるべきものとしてしか捉えられていません。
先の蛙化現象と結びつけた話もそうですが、リスロマンティック(アコイロマンティック)である「理由」を考えようとすると、どうしても過去のトラウマや幼少期の不幸といったネガティブな連想をされやすいみたいです。


「恋愛感情」の規範/語り口の問題

リスロマンティックは蛙化現象や過去のトラウマ、幼少期の悲惨な体験など、わりとネガティブな「原因」を想定されて語られる場合がある。でもそれって問題もあるんじゃない?ということについて。

 

リスロマンティックって「蛙化現象」と結び付けられて語られているのをちらほら目にするんですけど、「蛙化現象」は「自己肯定感のある健全な精神であれば問題なく恋愛できるはず」という含意を結局のところ持ってしまうから「恋愛感情」の規範を強化する言説になるんじゃないかな、と思います。
もちろん、実際に「自分のことが嫌いで、嫌いなもの(=自分)を好きになる人を気持ち悪く感じてしまう」という蛙化現象に非常に説得力を感じ、リスロマンティックにアイデンティティを見出す人も当然たくさんいると思いますし、それはそれで個人のアイデンティティの問題なので他人がどうこう言う話じゃない。
ただ、リスロマンティックという恋愛感情のありようを蛙化現象とあまりにもセットで語ると、リスロマンティックという概念、というか恋愛的指向という概念が出てきた意味がなくなっちゃわない? という懸念です。

 

恋愛的指向という概念は、「普通」はみんな恋愛感情を持っていて、両思いになりたいと思っていて、そうじゃない人はおかしいんだ、という考え方(=「恋愛感情」の規範)ではこぼれ落ちてしまうありようを説明するものだし、その意味で「普通」の考え方なるものへのカウンターなわけですよね。

 

でも蛙化現象や過去のトラウマや幼少期の悲惨な虐待といった、「悲劇」にリスロマンティックという概念が回収されてしまうと、そこが抜け落ちてしまう。

 

端的に言うと「あなたが恋愛感情を返されることを望まない、リスロマンティックであるのは、自尊心が低いせいである。それを直せば“普通”になれるよ」という話になったらマジで嫌だなということです。

 

繰り返しますが、実際に自尊心が低くて苦しんでいる人を否定したいわけでも、蛙化現象に説得力を感じつつリスロマンティックというアイデンティティを持っている人を否定したいわけでもありません。ただ、「リスロマンティック=蛙化現象だから」といった形で短絡されてしまうと、リスロマンティックっていう概念がせっかく出てきた意味がなくなっちゃうよねということです。
リスロマンティックに関する言説自体が、まだまだあまりにも少ないので、杞憂っちゃ杞憂かなという気もするんですが、恋愛に関する「普通」の考え方を強化するような方向にならないといいなと思います。

それは「普通」からこぼれ落ちる人のための概念、「普通」とは何かを捉え直すための概念だと思うので。

 

*1:https://twitter.com/wrmtw/status/827477113531883520

*2:これ読んでて意味わかんなかったんですけど、なんで恋愛対象と性的対象が異なることによるセクシャリティの混乱がアコイロマンティックの理由になるわけ??? 恋愛対象と性的対象が異なるものでありうる、ということは、恋愛的指向という概念に含まれていると思いますし、実際に食い違うことはあると思います。クロスオリエンテーションに関する記事を参照。