(狭義の)恋愛じゃないカプがすき

 いわゆる「恋愛」の固定概念に抗う表現というものがあります。


 それはたとえば、(狭義の)恋愛ではない強い絆、完全に恋愛であるとも友情であるとも言い切れない、よくある形に当てはまらないなんとも言い難い「巨大感情」や「名前のつけられない愛」「ブロマンス」、などなど、百合やBLといったジャンルがとりわけ得意とする表現です。

 既存のカテゴリーにあてはまらない関係性、感情を描くにあたって、百合やBLは常にその急先鋒だったし、これらのジャンルにハマる人は少なからずそのような関係性に魅力を感じている気がする。

 だからこそ「これは同性愛じゃなくて、もっと別の〜」と言いたがる層が一定数存在するのだと思う。

 ちなみに、わたしはこの手の発言が大嫌いで、まあ以前もブログに書いたので詳細は割愛しますが、簡単にまとめると①(それが人間ドラマ等といった普遍化のために発せられている際には)言外に「同性愛“なんか”じゃなくて」という蔑視を感じる、②(単なる「恋愛」とは違った関係なのだという主張の際には)「恋愛」という固定概念から逸脱した“理想”を身勝手に押し付けているように思える、のですごく嫌いです。いやーな気持ちになる。

 ただもちろん、「恋愛」の固定概念に違和感を覚えたりすることって普通にあるし、いわゆる「恋愛」にあてはまらない関係性を推したい気持ち自体は何も悪いものではないだろう、とも思います。でもそれを心の底から確信するには、「同性愛とかじゃなくてもっと別の〜」発言みたいなものに出会いすぎてしまった。

 結局、受け取る社会や人々に依然として偏見がある限り、「同性間の“恋愛”概念に押し込められない関係性」を描いたり、そのような関係性を推すことは、明示的ではない差別的な反応(わかりやすい嫌悪というよりもよりニュートラルに見せかけた否定のポーズ)を招くだけなんじゃない? という疑念を拭い去ることが、まだわたしにはできません。

 

 しかしそもそもなぜ(狭義の)恋愛じゃないカプが好きなのか、一体なにから逃れようとしているのか? という問題は残るわけで、それをもうちょっと分節化したいなと思ったので整理のために書きます。

 

 これは女の人に特に多いんじゃないかなーと思うんですけど、(狭義の)恋愛じゃない関係性を求めるとき、逃れようとしているものの一つは「女は恋愛モノが好き」っていう世の中の押し付けがましい想定なんじゃないかな。

 たとえば、いわゆる少女漫画や夢女をめちゃくちゃバカにしていて、男同士の「恋愛」概念に押し込められない強い絆に対するあふれる理想を語るBLのオタクを、わたしは何人も見たことがあります。
 個人的印象ですけど、こういう人、少年漫画などのスポーツもので二次創作やってる人に多い気がする。というか少年漫画や「やおい」(BLよりもやおいって言葉の方に馴染みがある世代により一層多いと思う)にいく人って、少女漫画をはじめとする「女=恋愛モノがすき」という想定に強い抵抗感や違和感を覚えていて、そういう想定から逃れようとして少年漫画系に流れた人が多いんじゃないかな。そしてそういうタイプの人が、自分のすきな作品を「恋愛」や「BL」の枠で語られることに強い抵抗を示す場面をわりと見たことがあります。

 

 わたしは少女漫画がとても好きだった方のオタクなので若干違いますが、動機は十分に共感できる。

 もちろん人によって感じ方は違うと思うけど、正直言って「女」とみれば何もかも「恋愛」に結びつけようとする世の雰囲気、マジでしんどいものがあります。
 たとえば好きなバンドの話をしても「あ、こういう男が好みなの?」と言われたりする感じ、映画や本や何もかも「恋愛」だと「女向け」で恋愛以外のたとえばスポーツや冒険やなんやを通じた人間たちの物語は決まって「男向け」みたいにされているあの感じ、そもそも少女漫画がすきだったけどわたしは「女の子にとって最高に魅力的に描かれた等身大の女の子がいっぱい出てくるコンテンツ」としての少女漫画を心から愛してたんですけどそういうのぜーんぜん想定されないあの感じ。

 

 要するにこの世には「女は恋愛モノが好きなんだろう」という想定が存在していて、なおかつ「恋愛モノ」はどこか馬鹿にされていて、だから「恋愛」であると言われるとどこかけなされたような気持ちになってしまったりして、また「恋愛」に夢中で見境のなくなる女というのは嘲りの対象で、少女漫画や夢女をけなしまくるオタクの中にはそういう世の中のミソジニーがある、ように思える。

 

 なので女性で「恋愛」の固定概念に抵抗を感じたり、「恋愛」じゃないカプを推す人のなかには、世の中に「恋愛」を押し付けられながら同時にそれをバカにされてきた経験があってのことなんじゃないかな、と思うことがあります。少女漫画や夢女をけなしまくるオタクを見ているとすごく悲しいけど、どうしてそういう振る舞いをしているか何となく察せられて、動機が理解できるからこそ他の人を踏んづけているのがより一層悲しくて、ぜんぶとてもとても悲しい。


 そういう人を結構たくさん見たので、「恋愛モノが好きな女」に対する蔑視が自分の中にもあって、「そうじゃないんだ」と引き剥がそうとして「恋愛」じゃないカプがすきだと思ったりしてるかも? とか思ったりします。

 わかりませんが、可能性は否定できない。

 もちろん「恋愛」の固定概念が嫌な理由には他にもあるんですけどとりあえず今日は疲れちゃったのでその辺の話はまた後日書きます。おわり。